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関節リウマチ闘病記3

(1)今年もトマトの種をまいた。「フルチカ」という商品名の中玉トマト。私の病は二年前、トマトの青枯れ病から始まったと思っている。本当のことはわからない。私の感覚である。

土の中には膨大な、天文学的に膨大な微生物が棲息しているという。一説によると一平方メートル当たり微生物(昆虫などの死骸を含む)の「重さ」は2キログラム。数えることができないので重量で推定したのだろう。10アール当たり2トンもの微生物が住んでいる計算になる。途方もない量だ。10アールといえば約一反。一般的な農地の単位である。そこに膨大な生き物たちがいて生成と消滅を繰り返している。どんな生き物がいるのか。生態がどうなっているのか。およそ、人間の力で知ることができる世界ではないと私は思う。仮にその生態を知ろうとして土を掘り返した途端に生態系は変化する。鳥が飛んできて糞もすれば、植物の種子も運んでくる。物理学に不確定性の原理があるが、それに似ているように思う。土壌は小さな宇宙。不可知の世界だ。唯物論的に知ることはできまい。

私たちは自分の身体についてもほとんど、知らない。人間の体は二百兆個もの細胞によって成り立っているといわれ、それがどのように相互に機能して一つの生命体、人格をなしているのか、これもまた不可知の世界であろう。

「私が何者であるかは分からない。分からないままに生かされている。それが私だ」

と私は考えている。

(2)

私は大村智博士を尊敬する。大村博士はゴルフ場の土中からある放線菌を見つけ、その生み出す成分を抽出して駆虫剤イベルメクチンの開発に成功した。アフリカや南米大陸を中心に四億人が使い、彼らを失明の危機から救っている。奇跡的な偉業である。全体像は知り得ないが土の中にはきっと人間に役立つ未知の生き物がいるに違いない。何とかしてそれを見つけたい。際立った善意と圧倒的な努力がイベルメクチンを生んだ。大村博士は人と自然の善き在りようの一端を示したと思う。

自然科学の一分野である医学。その進歩は目覚ましい。骨が溶けたように変形していく関節リウマチ。患者の苦しみは筆舌に尽くしがたいものだった。多くの人々を救った薬剤の一角にメトトレキサートがある。その功績は大きい。ただし、あらゆる薬剤、あらゆるテクノロジーが「部分解」なのである。人間の知恵、理性は自らの身体の全体像すら捉えることができない。ましてや自然を測り、その実相を知ることなど不可能だからだ。部分的には正しい。しかし、完全解ではない。

医学は専門分野の細分化が進んだ。大学病院にはいったい幾つの診療科があるのだろうか。たとえば、歯科、口腔外科、耳鼻咽喉科の専門分野がどう違うのか、素人には分からない。20年ほど前だった。私はある科学雑誌で「ヒトに対する疾病名が二万を超えた」という記事を読んだことがある。現代医学には二万を超える専門分野があると言えるのかもしれない。研究を突き詰めれば微細な事象に分け入っていく。当然の成り行きだが、細分化された知見を統合することも必要なはずだ。しかし、現代医学は統合という方向性を持っていないように思われる。

水素と聞いたとき、私は元素周期表を思い浮かべた。

スイ、ヘー、リー、ベー…

もっとも単純な原子である水素。縦、横、斜め…。網の目のように細分化された医学の知見を束ねることができるのは、最も単純な物質かもしれない。

(3)

人の幸せはしばしば不幸の名を借りてやってくるものだという。私の場合、関節リウマチの原因は分からない。大気汚染かもしれない。添加物まみれの食べ物かもしれない。各種のストレス。不満たらたらに生きてきたわが身の「ていたらく」かもしれない。主治医からは「十数パーセントしか寛解に至らない」と言われていた。ところが、一年足らずで寛解に至った。ありがたいことだ。

残りの人生、誰かの役に立てればいいなあとぼんやり思う。これを幸せと呼びたい。私を支えてくれた全ての人々に感謝する。ありがとう宮川路子先生。ありがとう及川幸久さん。ありがとう主治医のN先生。ありがとう妻や子供たち。

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