新札
七月から新千円札が発行される。新しい顔は北里柴三郎である。破傷風菌の純粋培養法、血清療法を発見して医学界に燦然と輝く偉業を成し遂げた人の生家(熊本県小国町)を画家と訪ねたのは十年前、画家と二人旅だった。
「風景が素晴らしい。どこを、どの方向から描いても絵になる」
画家はそう言った。涌蓋(わいた)山が眼前に迫っている。
「肥後もっこす」という言葉がある。こうと決めたらテコでも動かないと。厳格な母の薫陶を受けて刻苦勉励。14歳で熊本に出て7年間一度も実家に帰らず、医学の基礎を学び、現在の東大医学部を卒業し、ドイツ留学中はドンネル(雷)の異名をとったそうな…。
(柴三郎の詳細はグーグル先生にでも聞いてくだされ)。
生家は記念館になっていた。二階の畳の部屋にまで上がることができた。正面に涌蓋山が見える。威風堂々の山容である。こうと決めたらテコでも動かない。この山を見て育った人らしい。その山から風が吹いてきた。涼しい風だった。
新札は七月に出るが「国民の金融資産を把握するための新札だ」と仰せの評論家もおられる。そうかもしれないが、私には分からない。霞が関の役人さんがそんな姑息なことを考えて、この国がどうなるものでもあるまい。
地元酒蔵が柴三郎ラベルの純米酒を出すそうな。値段は千円。私の財布にも優しい。ぬる燗にして飲もうと思っている。涌蓋降ろしの涼風を思い出しながら。